社会人が専門学校のオープンキャンパスに行き、人生が変わろうとしている話

opencampus_eyecatch 考える(雑記)

 

紆余曲折ありながらなんとかここまで生きてきた今日。この世に生を受けてから四半世紀が経過した。

 

 

25歳である。

 

 

まさに人生について再考する時期がきており、今一度自分は本当は何がしたいのかを模索する日々が続いている。誰もが同じように悩む時期であると思うし、実際にすでに仕事を辞めた同期も友人もいる。

 

 

今の会社で仕事を続けるのがよいのか、それとも転職をして新しい職場に変えてキャリアチェンジするのか。辞めるのか。どのタイミングであろうと私と同じくらいの年齢の人はみな考えると思う。

 

特に、転職するか、今の仕事を続けるかという選択で悩む人は多いと思う。しかし、今の私の眼前にはそのどちらでもない選択肢が浮上している。

 

 

それは「専門学校に入学して新しいことを学ぶ」というものである。

 

 

“わざわざ浪人までして四年制大学まで卒業した私”がその後の人生を変えるために専門学校への入学を考えているのである。

 

 

 

私がこのタイミングでなぜ専門学校への入学を考えているのか、そしてこの後どのような人生を送るつもりでいるのか、現時点での考えには過ぎないが、同じような悩みを持つ人の参考になればという思いと、自らの備忘録とを兼ねて以下に記していこうと思う。

 

背景

 

まず背景として、先に述べたように私は四年制大学をすでに卒業している。大学の専攻は経営学。一年間の浪人期間を経て大学へ進学した。

 

通っていた高校は地区トップの公立高校だったため、同級生の進路はほぼ100%大学進学であった。一人だけ音楽の専門学校にいったらしい。当然のように私も大学進学を希望し、そのとおりに進学した。

 

当時の興味的にも大学進学が妥当であると思っているので、そこに対する後悔はないのだが、今思えばそこまで深く考えずに無意識に大学進学を選択したような気がしないでもない。

 

環境的に王道以外へ進むことも怖かったし、そもそも進学校から専門学校に行くことはありえないとさえ思い込んでいた。それは言ってしまえば、自分の将来のビジョンが明確に描けていないということだと今になって気がついた。

 

それともうひとつ、無意識に自分が好きなことを心のうちにしまいこんで、勉学と切り分けて考えてしまっていたような気がする。アカデミックとビジネス、そしてホビーは並立し得ないという考え方が当時の自分にはあったのだと思う。だから、好きなことは趣味でやればいいし、ビジネスはビジネス。あくまでも勉強をするんだというつもりで大学へ進学した。

 

そうは言っても大学での勉強は楽しかったし、それなりに充実したゼミの活動もできた。

 

希望の企業へも入れた。だからそこまで自分の人生は失敗していないとも思っていた。

 

そうして社会人になり希望していた企業に入社できた後に待ち受けていたのは、非希望部署への配属だった。総合職なのでそういうことも当然あるし、受け入れて仕事をしていた。むしろ、自分にはこれが向いているんだろう、適性的にも合っているから配属されたんだし、前向きにがんばろうくらいの気持ちを持っていた。

 

とはいえ、漠然とした不安はあった。未来はいつの日もどうなるか分からない中で、専門性の高い事務処理をメインとする職で生計を立てていくことは、このご時勢かなり怖い。RPAだのAIだので、真っ先に人員削減のメスが入る恐怖と戦い続けなければならないし、その波が一度来てしまったら、たとえ転職するにしても経験を生かすことは難しい。

 

しかし、周りの方はみな優しいし、労働環境も文句のつけようがない。上司も人格者であり、教育係の先輩社員もすごく気に掛けてくれるいい職場であることは間違いがなかった。

 

だが、その部署の業務がまったく肌に合わず、もがき苦しんで今に至っているのが現状である。

 

毎日毎日、自分が何をしたいのかを考えている。そんな日々を過ごしている。詳細は割愛するが、これもまた、今後の人生を考える上で大きな要素となった。

 

きっかけ

 

とにかく新しいことを勉強して自分がのめりこめる趣味がないか探していた。あわよくば、そこをきっかけに転職しようかとさえ思っていた。

 

カメラ、プログラミング、読書、勉強、料理などなど。これらは今やっていることではあるが、仕事には繋がらないなとなんとなく思っていた。趣味で触れるのが楽しいし、これで周りを幸せにして、かつ自分がお金をもらっていく姿を想像できなかった。何よりもそこまで深く没頭することはできない。たまにやるくらいがちょうどいい。

 

そこで、もうひとつなにか無心でできる趣味がほしくて、独学でデッサンを始めてみた。技術的には下手ではあるけれども、気がついたら文字通り没頭していた。

 

でも、絵を描くのをそのまま仕事にしようと思うほど抜けた才能もないことは承知しているので、もうちょっと違う角度で、デッサンから分岐して模索できたらいいなと思っていた。

 

そんなときに、とあるきっかけでWebデザインを少しばかりやることになった。デザイン自体には昔から興味はあったし、デッサンも生かせないことはないだろうしといろいろ調べながら進めた。

 

そうこうしているうちに、デザインというもの自体に興味が出てきた。

 

そこからデザインについていろいろと調べてみた。調べれば調べるほどデザインは興味深かった。ジャンルも平面、立体、空間、webから実体、衣類にいたるまで実に幅広い。デザインの対象も森羅万象。この世に存在するすべてが対象だった。

 

また、アートとデザインを混同していたことにも気づいた。

 

思うに、アートは「自発」。デザインは「汲み取る」。

 

まったく逆の作業なのではないかと思い始めた。

 

これを表現しないと気がすまない。だから私はこれを作る、がアート。

さまざまな要件、制約や需要の中で、そこに自分のエッセンスを加える、がデザイン。

 

ファッションも服も靴もかばんも、アートも漫画も映画も勉強も文化も哲学もどれも好きだけど、すべてを生かせるのはデザインなのでは。そう気づいたところから、自分が本当にやりたいのはデザインなのではないかという思いにとらわれてしまった。

 

自分の生き方、経験、哲学、捕らえ方や考え方をモノに落とし込んで、それを人が共感して手に取ってくれたらこれほどうれしいことはないだろうなという思いが生まれてきた。

 

「そうか、本当にやりたかったのはプロダクトデザインなのかもしれない」

 

ここまで考えたのがこの記事を書く二日前である。

 

そして気がつけばすぐにデザインの専門学校について調べていた。

理想の学校を見つけた。タイミング良く、翌日がオープンキャンパスだった。行くしかなかった。

 

オープンキャンパスは感動の連続

 

翌日、つまりオープンキャンパスの当日。

 

学校へ向かう電車内でオープンキャンパスの申し込みを済ませた。

 

 

電車に乗りながら、久々にわくわくしている自分に気がついてうれしくなった。久しくそんなことはなかったから。

 

いざ会場に着いたら、もちろん若い学生ばかりだった。親と来ている高校生もたくさんいた。おかげで年齢のことは気にならなかった。

 

そうこうしているうちに説明会が始まった。

 

説明の内容そのものが充実していたこともさることながら、夜間学部の説明もしっかりしてくれたことが好印象だった。また、個人的には学科がそれほどまでに細分化されていないことも魅力的に思えた。体系的にあらゆるデザインを学ぶという学校の教育の軸も通っているし、この学校は間違いなさそうだ、と直感的に感じた。

 

説明の終了後には各フロアで行われていた各専門学科に足を運んでみた。

 

カリキュラムからアルバイトや就職などについてもデザイン系についての知識は皆無なので、プロダクトデザインの専任講師の方を捕まえて詳しく説明していただいた。お忙しい中大変恐縮ではあったが、何しろ情報が欲しかったので、こちらの質問に全て丁寧にご回答いただけて非常にありがたかった。

 

デザインのデの字すら分からないが、かなり基礎的なことを大切にしていることが伝わってきたのも個人的に印象がよかった。講師陣も第一線で活躍している方ばかりで、実務に近い指導をしてもらえることも好印象だった。

 

専門学校というものにはじめて触れた感想

 

四年制大学を卒業している身として、専門学校に対する印象は「情報の可視性が高い」ということだった。カリキュラムも完全に”これ”をやるというものが組まれているし、どんな作品を作っているのか、どこが評価されるのかが非常に分かりやすかった。そして、どこを目指しているのかも明確であった。

また、どんな学生がどんな作品を作ってどんな思いをもってどんな進路を選んだか、をポートフォリオなどから窺い知ることができるのはデザイン系学校のいいところだと思う。

 

そう感じたのは私の通っていた大学の学生の人数が多かったからかもしれないが、訪れた学校は、学生の主体性が非常に目立つのも印象的だった。積極的に来校者に話しかけ、接点を作ろうとしているのが好印象だった。

 

ワークショップなど、もの作りを身近に感じる機会を提供していたので、地域の親子連れにも良さそうだなと思った。ただ、それは学園祭のほうがより適切かもしれない。

 

 

感想をまとめると、そもそも”専門”学校なわけであって、将来の明確な目標のあるものしか門をたたかないという環境は、四年制大学のそれとはまったく雰囲気が違うものだった。社会的に見たらマイノリティーであるデザイン系の学生は、私のような外の人間から見る限りでは、つながりを非常に重要視しているようにも見えた。いろいろな人と在学中に関わり、価値観や視野を広げることは人脈的な意味でも、知識的な意味でもかなり重要だと思うので、レベルの高いさまざまなデザイナーの卵と繋がることができるのはとてもいい環境だと思う。

 

ここまで見学して感じたさまざまな良かった点を上げたが、やはりなによりも、作品にかける時間と情熱が展示されているものから伝わってきたのが一番だった。

小手先ではない、本質的な部分を突き詰める姿勢が作品から窺い知ることができた。

 

まとめ

 

正直なところ、かなり勢いに任せて行動に移してきた。

 

しかし、この行動に対して後悔はしていないし、逆に明確な目標が生まれた。

 

おそらく私は今年の冬に受験をして専門学校に入ることを目指してこの先生活していくことになると思う。25歳という年齢だけれど、まだぜんぜん遅くはないと思っているし、非常に前向きな気持ちになることができている。

 

もし、私のように、なにか学び直したいことや新たに挑戦してみたい学問があるならば、夏という時期はさまざまな教育機関が見学の機会を設けているので、ぜひとも説明会やオープンキャンパスに足を運んでみることをおすすめしたい。

 

多くの場合、見学や説明を聞くのみであれば無料であると思うし、一度話を聞いたり自分の眼で確認してみて、やっぱり違うなと思えばそれはそれでいいと思う。

 

自分の頭で考えて決断を下したということに何よりも価値があり、それが後悔しない唯一の方法だと思う。この記事を読んで、一人でもなにか行動を起こしたり、考え直すきっかけになれば非常にうれしく思う。

 

お節介ではあるけれども、一人でも多くの人が後悔の無いように、人生を再考する機会を設けてみてほしい。

 

なんといっても、平成最後の夏なのだから。

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